クラニオセイクラル バイオダイナミクス – 施術者育成スクール

観照というマナー

 テクニックではなく、観照することを学ぶ。観照の意味は、主観を交えずあるがままの姿を眺める、とある。クラニオバイオの施術者は手を通して耳を傾けると表現され、耳を傾けると観照はこのコンテキストの中で同じ意味と捉えてよい。つまり、手を通して知覚的な観察を行う。そこにどんな主観も交えず、生命のあり方そのものを観察していることだ。

 存在はユニークな様相を表すだろうが、間違ってもそれが固定された姿であることはない。一瞬たりとも同じ様相である試しがない。ゆえに、どのようなテクニックの型も役に立たない。私たちが知覚する原初呼吸またはタイドモーションに、一寸も違わないコピーされた同じ波はやってこないのだ。私たち施術者はそのことを知るために干渉し続ける。

アウェアネス・インテンシブの「who is in?」と言う公案を使った真我を問う瞑想リトリートです。公案とともに、アクティブ瞑想を同時に行なっていきます。